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平成26年3月17日午後8時、舞ちゃんの弟・貴翔くんが永眠されました。 悲しくて悔しくて言葉になりませんが、最後まで本当によく頑張った貴翔くんです。心の底から褒めてあげたいと思います。そして静かにご冥福をお祈りします。 貴翔くんは、この病気の恐ろしさを私達に身をもって教えてくれました。貴翔くんのためにも、一日も早く舞ちゃんの渡米を実現しなければなりません。 どうか皆さま、より一層のご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
舞の姉と、舞の病状やこれまでの経過、弟の貴翔について説明させていただきます。
私たち夫婦には舞の姉にあたる長女の真優(まゆ)という子がいました。 平成13年11月に生まれた真優は乳幼児健診でも問題はなく、全く病気もせずミルクもよく飲み、健やかに育っていました。
翌年4月に風邪のような症状があったので病院で診てもらいましたが、単なる風邪という診断でした。ミルクを吐くのを異常に感じながら、珍しく抱っこしないと泣くので抱っこしていると、咳き込んだ時に呼吸困難となりました。
直ぐに救急車を呼び、夜中に救急搬送された病院で告げられた病名は「拡張型心筋症」という聞いたことのない原因不明の難病で、心臓移植以外に治す方法はないというものでした。目の前が真っ暗になり、泣き崩れました。 一命をとりとめ、集中治療室から一般病棟に上がり、回復していくように思われました。
その時に心臓移植の話を医師から聞き、自身でもインターネットで調べました。当時国内では、法律で子供がドナーとなることができず、渡航移植するしか道はありませんでした。 そんな現実に落胆している頃、真優の心臓は再び悪化しはじめました。集中治療室に戻り治療を行いましたが進行を止めることができず、多臓器不全となり、平成14年7月、生後8か月でこの世を去りました。
移植のことを考える余地もなく、何もしてやれないまま、ただ悪くなっていくのを見ているしかありませんでした。 あの頃のこと、その瞬間は、今でも鮮明に記憶に残っており、その恐怖との戦いが今も続いています。
先天性ではなく、家族に病歴もなく、遺伝より特発性で起こる確率が高い病気とされていたことから、当時の医師は私たち夫婦に「遺伝ではないので次のお子さんを安心して産んでください。」と言われました。私たちも悲しみから立ち直るために子供が欲しいと思いました。
そして平成15年7月3日に誕生したのが舞(まい)でした。 予定日より3週間も早く陣痛があり、病院へ行って診察してもらっていると、お腹に違和感があり突然過呼吸に。出血もあり危険な状態だったので急いで出産することになりました。お腹の中で心拍数も弱くなったりしており、早く産んであげたくて必死でした。
そして生まれてきたときは臍の緒を首に巻いており、呼吸不全ですぐ酸素投与となりました。2530グラムと少し小さな体で生まれてきたこともあり、とても心配しましたが、二日間保育器に入っただけで済みました。
恐怖心があった私たち夫婦は、生まれる前から決めていた「拡張型心筋症」の検査を依頼しました。 検査の結果は何事もなく健康というものでしたが、それでも恐怖を拭えない私たちは、2か月おきに2年間ほどは検査を受けようと決め、2か月目、4か月目の検査でも何の異常も認められませんでした。
安心しかけた6か月目の検査で医師の手が止まり、精密検査をした方がいいと言われました。そして検査の結果、「拡張型心筋症」と診断されました。また目の前が真っ暗になり、今度は何も考えられなくなりました。 その後、薬による対症療法がはじまりました。
医師からは、長女の時のように目に見えて症状が出ているわけではないので、今から対症療法をはじめればそのまま成長していける可能性もある、拡張型心筋症は症状や程度はさまざまで、姉妹であっても症状は同じではないので、薬を飲まなくていいほどに症状が出ないこともある、3か月おきくらいに検査していきましょう、大人になればいろんな治療もあるし、病気や薬の研究も日々進んでいる、悲観しないで頑張りましょう、と言われました。
その時に主治医に「やはり遺伝なのでしょうか?私達夫婦も検査をした方がいいのでしょうか?」と質問しました。医師からの回答は「遺伝性の可能性もゼロではないですが、両親やその他の親族には異常がないので、普通の遺伝とは考えにくいです。仮に遺伝だとしても全員が発症するものでもないのです。おそらくDNAレベルの話になると思われます。それ以外にも遺伝ではなく必ず突然変異を起こしてしまうようなことなど、今研究が進んで少しずついろんなことがわかり始めています。ご両親を調べてもおそらく何も分からず、治療法の解明になるわけではありません。ご両親が病気を持っているなら既に健康診断などででているはずです。もし舞ちゃんの治療のために必要となれば、その時にはお願いします。」と言われました。
それから暫くは恐怖の日々でしたが、薬で上手くコントロールできているようで、舞はどんどん成長していきました。毎日2回の薬の服用や運動制限はあるものの、幼稚園も小学校もみんなと同じように通うことができ、普通の生活をしていました。 同じきょうだいでも症状は違うし、薬でコントロールできるならばと、医師に相談して貴翔(たかと)を産みました。同じ病気になるかもしれないという覚悟もありましたが、この頃の舞は本当に元気で薬を飲む以外は治療も必要なく、検査結果から薬が減ることもありました。そのまま悪くならずに大人になり、薬も飲まなくてよくなる人もたくさんいると医師からも言われました。それと障害をもって生きていくのであれば、姉弟で支えあって生きてほしいという思いと、考えたくはないですが、どちらかにもしものことがあったとき、私たち夫婦の心の支えとなってほしいという願いもありました。
貴翔(たかと)は胎児の時から検査ができ、医学の進歩を感じました。その頃の検査では異常は認められず、もしかしたら必ずしも全員が発症するわけではないのでは?という期待もありました。医師からも、遺伝だとしても全員がなるわけではないと言われ、期待をもっていました。
生後直後の検査では、やはり舞と同じように何もなく、期待は膨らみましたが、生後20日経ったときの検査で、拡張型心筋症を発症していると言われました。覚悟はしていましたが、やはりショックでした。 こんなに早く拡張型心筋症を発症した貴翔も、舞と同じように薬の服用をはじめ、ふたりとも風邪などで大事をとって入院する以外は、心臓がそれほど悪くなることもなく成長してくれていました。
拡張型心筋症の症状は本当に様々で、全く自覚症状もなく高齢で見つかる人もいるし、症状が良くなって薬を飲まなくてよくなる人もいる。私たちは、舞も貴翔もこのまま、普通に生活して、普通に大人になれると信じていました。 また、医学の進歩、心筋症の解明が進んでいること、心筋シートなどの新しい医療ができ、もし悪化しても移植は必要ないのでは?もう数年たてば怖がらなくていいのでは?という思いもありました。 貴翔が生まれてからの5年間は今思えば、家族4人で普通に生活ができる本当に幸せな日々でした。 舞は平成25年7月に10歳の誕生日を迎えました。生まれた当時に、拡張型心筋症の10年生存率を見て落胆したのを思い出し、10歳の誕生日を迎えられたことに喜びを感じました。ここまで来たらもう大丈夫だと安心しはじめたちょうどそのころでした。血液検査の心不全を示す数値が上がりはじめました。
なぜか弟の貴翔も同じように数値が上がり、二人とも薬の量を変えて2週間後に再検査。二人ともさらに数値が上がっている。また薬の量を増やして1週間後に検査。また数値が上がる。 そして平成25年9月末に二人同時に入院して、検査と投薬治療がはじまりました。
当初は二人同時に数値が上がったことから、何か生活面などに原因があって起こる一過性のものとの見方で、水分コントロールや薬の量の調整がはじまりました。病院側の温かい采配で二人同部屋にしてもらいました。利尿剤でのどが渇く上に、水分コントロールがあり、お茶を50CC入れてもらっては最後の一滴まですするという二人の姿がとても不憫でした。
しかし二人同部屋ということで心細くはなく、仲良く遊ぶことで頑張れていました。私たちの思っていた支えあう姉弟になってくれていることを嬉しく思いました。 治療を進めていくうちに、なかなか心不全の数値が下がらないことから、一過性の何か原因のあるものではなく、年齢も体重も違う二人の症状が偶然にも同時に進行しだしたようだということを医師から告げられました。まさかの二人同時の悪化でした。
心不全の数値は下がらず、舞は食べることが出来なくなり、顔色も悪く、日に日に辛そうになっていきました。貴翔も舞より見た目には元気だったものの、数値はどんどん上がっていました。医師から、内科的治療としてはもう限界のところまできている、もしその先を考えていくなら国立循環器病研究センターに紹介するがどうしますか?これ以上進行すると、危険で転院すらできない、と言われました。
私たちは真優のことが頭をよぎり、何もできずに見ているのはもう嫌だと、転院を決意しました。 平成25年11月12日に現在入院中の国立循環器病研究センターに二人とも転院となりましたが、舞は悪化が止まらず、水すら吐くような状態になりました。
そして先生方から補助人工心臓をつけて心臓移植の待機をするという選択肢を示されました。補助人工心臓は心臓移植のためのつなぎの治療で、着けるということは移植するまで外せず、病院のベッドで過ごすということも意味していました。 さらに過酷な条件は、現在日本で子供用の補助人工心臓はなく大人用のもので出力を抑えて使うというものでした。
出力を抑えて使うと血栓ができやすく、その血栓が脳にいって脳梗塞を起こすというのが最大のリスクでしたが、1年前に治験が終わったばかりの子供用補助人工心臓の実用はまだ先のことであり、他に選択肢はなく、何とか助かる道があるなら助けてやりたいという思いで装着することを決断しました。 本人にも手術当日の朝に説明をしました。泣いて怖がりましたが、絶対良くなって、ちゃんと食べられるようになるからと説得し、本人も最後は納得して手術室に入ってくれました。
手術を終えた舞のお腹の上には大きなポンプが拍動しており、私達夫婦は手術が無事に成功した喜びを感じると同時に、痛々しいその姿に涙が止まりませんでした。 舞は、その後はベッドから起き上がれないものの、食事はできるようになり、体重も少し戻りました。その後は移植を受けるまで、血栓と感染症との闘いとなっています。
貴翔についても少し書かせてもらいます。舞の手術のあと貴翔もあとを追いかけるように病状が進行していきました。 しかし、大人用の補助人工心臓をコントロールして着けるには舞の体重がギリギリで、貴翔に着けることは不可能とのことで、医師からは何もできないと言われていました。 真優のときと同じように貴翔を見送ることはできないと思った私たちは、先生方に何とか方法がないかお願いし、先生たちも何度も検討を繰り返し、何とか舞と同じ補助人工心臓を着けていただきました。
しかしながら、おそらく最小体重での装着となった貴翔は最大のリスクと言われていた血栓が大量にポンプ内にでき、その一つが脳にいってしまい、右脳の脳梗塞を起こしてしまいました。そのため移植待機登録ができなくなりました。アメリカで二人同時の受け入れを検討していただいている最中のことでした。
集中治療室で補助人工心臓の管理と脳梗塞の治療がはじまりました。 子供の脳梗塞はリハビリで著しく回復することが多いらしく、ある程度回復すれば移植待機登録ができるということでした。しかしそれは先の長い話で、舞を一緒に待たせる余裕もなく、舞だけ先にアメリカでの受け入れを依頼することになりました。
貴翔の血栓は薬を大量に使ってもなかなか抑えることができず、このままでは次の血栓がいつ脳に飛ぶか分からないということから、補助人工心臓を外すことになりました。 12月25日補助人工心臓を外して自力の心臓に戻った貴翔は、やはりドンドン悪化し、年末には覚悟をしないといけない状況にまでなりました。
しかし、先生方の懸命の治療のおかげで、年明けから少し回復し、ギリギリのところには変わりありませんが、薬がうまく効いて安定してきました。意識もだいぶ戻って、こちらの言うことに反応するまでになりました。 1月末には2ヶ月間いた集中治療室からやっと出ることができ、長く私たちと過ごせることで、だいぶ反応が良くなっています。左の手足も少し動かすようで、そのリハビリもはじまっています。 リハビリをして、ある程度の状態にならないと国内の移植待機登録もできず、その先の渡米しての移植はもっとハードルが高いですし、かなり時間もかかるため、そこまで自力の心臓がもってくれるかというのは、おそらく奇跡を起こすレベルかと思います。
しかし、その奇跡を信じて舞の後を追って移植を受けられるように貴翔も頑張っています。 ホームページ内で貴翔の様子も出していってくれるようですので、ぜひ皆さん貴翔のことも応援してやってください。一緒に奇跡を信じていただきますよう、よろしくお願いいたします。
訃報
平成26年3月17日午後8時、舞ちゃんの弟・貴翔くんが永眠されました。
悲しくて悔しくて言葉になりませんが、最後まで本当によく頑張った貴翔くんです。心の底から褒めてあげたいと思います。そして静かにご冥福をお祈りします。
貴翔くんは、この病気の恐ろしさを私達に身をもって教えてくれました。貴翔くんのためにも、一日も早く舞ちゃんの渡米を実現しなければなりません。
どうか皆さま、より一層のご支援を賜りますよう、お願い申し上げます。
まいちゃんの姉弟とこれまでの経緯
舞の姉と、舞の病状やこれまでの経過、弟の貴翔について説明させていただきます。
私たち夫婦には舞の姉にあたる長女の真優(まゆ)という子がいました。
平成13年11月に生まれた真優は乳幼児健診でも問題はなく、全く病気もせずミルクもよく飲み、健やかに育っていました。
翌年4月に風邪のような症状があったので病院で診てもらいましたが、単なる風邪という診断でした。ミルクを吐くのを異常に感じながら、珍しく抱っこしないと泣くので抱っこしていると、咳き込んだ時に呼吸困難となりました。
直ぐに救急車を呼び、夜中に救急搬送された病院で告げられた病名は「拡張型心筋症」という聞いたことのない原因不明の難病で、心臓移植以外に治す方法はないというものでした。目の前が真っ暗になり、泣き崩れました。 一命をとりとめ、集中治療室から一般病棟に上がり、回復していくように思われました。
その時に心臓移植の話を医師から聞き、自身でもインターネットで調べました。当時国内では、法律で子供がドナーとなることができず、渡航移植するしか道はありませんでした。 そんな現実に落胆している頃、真優の心臓は再び悪化しはじめました。集中治療室に戻り治療を行いましたが進行を止めることができず、多臓器不全となり、平成14年7月、生後8か月でこの世を去りました。
移植のことを考える余地もなく、何もしてやれないまま、ただ悪くなっていくのを見ているしかありませんでした。 あの頃のこと、その瞬間は、今でも鮮明に記憶に残っており、その恐怖との戦いが今も続いています。
先天性ではなく、家族に病歴もなく、遺伝より特発性で起こる確率が高い病気とされていたことから、当時の医師は私たち夫婦に「遺伝ではないので次のお子さんを安心して産んでください。」と言われました。私たちも悲しみから立ち直るために子供が欲しいと思いました。
そして平成15年7月3日に誕生したのが舞(まい)でした。 予定日より3週間も早く陣痛があり、病院へ行って診察してもらっていると、お腹に違和感があり突然過呼吸に。出血もあり危険な状態だったので急いで出産することになりました。お腹の中で心拍数も弱くなったりしており、早く産んであげたくて必死でした。
そして生まれてきたときは臍の緒を首に巻いており、呼吸不全ですぐ酸素投与となりました。2530グラムと少し小さな体で生まれてきたこともあり、とても心配しましたが、二日間保育器に入っただけで済みました。
恐怖心があった私たち夫婦は、生まれる前から決めていた「拡張型心筋症」の検査を依頼しました。 検査の結果は何事もなく健康というものでしたが、それでも恐怖を拭えない私たちは、2か月おきに2年間ほどは検査を受けようと決め、2か月目、4か月目の検査でも何の異常も認められませんでした。
安心しかけた6か月目の検査で医師の手が止まり、精密検査をした方がいいと言われました。そして検査の結果、「拡張型心筋症」と診断されました。また目の前が真っ暗になり、今度は何も考えられなくなりました。 その後、薬による対症療法がはじまりました。
医師からは、長女の時のように目に見えて症状が出ているわけではないので、今から対症療法をはじめればそのまま成長していける可能性もある、拡張型心筋症は症状や程度はさまざまで、姉妹であっても症状は同じではないので、薬を飲まなくていいほどに症状が出ないこともある、3か月おきくらいに検査していきましょう、大人になればいろんな治療もあるし、病気や薬の研究も日々進んでいる、悲観しないで頑張りましょう、と言われました。
その時に主治医に「やはり遺伝なのでしょうか?私達夫婦も検査をした方がいいのでしょうか?」と質問しました。医師からの回答は「遺伝性の可能性もゼロではないですが、両親やその他の親族には異常がないので、普通の遺伝とは考えにくいです。仮に遺伝だとしても全員が発症するものでもないのです。おそらくDNAレベルの話になると思われます。それ以外にも遺伝ではなく必ず突然変異を起こしてしまうようなことなど、今研究が進んで少しずついろんなことがわかり始めています。ご両親を調べてもおそらく何も分からず、治療法の解明になるわけではありません。ご両親が病気を持っているなら既に健康診断などででているはずです。もし舞ちゃんの治療のために必要となれば、その時にはお願いします。」と言われました。
それから暫くは恐怖の日々でしたが、薬で上手くコントロールできているようで、舞はどんどん成長していきました。毎日2回の薬の服用や運動制限はあるものの、幼稚園も小学校もみんなと同じように通うことができ、普通の生活をしていました。 同じきょうだいでも症状は違うし、薬でコントロールできるならばと、医師に相談して貴翔(たかと)を産みました。同じ病気になるかもしれないという覚悟もありましたが、この頃の舞は本当に元気で薬を飲む以外は治療も必要なく、検査結果から薬が減ることもありました。そのまま悪くならずに大人になり、薬も飲まなくてよくなる人もたくさんいると医師からも言われました。それと障害をもって生きていくのであれば、姉弟で支えあって生きてほしいという思いと、考えたくはないですが、どちらかにもしものことがあったとき、私たち夫婦の心の支えとなってほしいという願いもありました。
貴翔(たかと)は胎児の時から検査ができ、医学の進歩を感じました。その頃の検査では異常は認められず、もしかしたら必ずしも全員が発症するわけではないのでは?という期待もありました。医師からも、遺伝だとしても全員がなるわけではないと言われ、期待をもっていました。
生後直後の検査では、やはり舞と同じように何もなく、期待は膨らみましたが、生後20日経ったときの検査で、拡張型心筋症を発症していると言われました。覚悟はしていましたが、やはりショックでした。 こんなに早く拡張型心筋症を発症した貴翔も、舞と同じように薬の服用をはじめ、ふたりとも風邪などで大事をとって入院する以外は、心臓がそれほど悪くなることもなく成長してくれていました。
拡張型心筋症の症状は本当に様々で、全く自覚症状もなく高齢で見つかる人もいるし、症状が良くなって薬を飲まなくてよくなる人もいる。私たちは、舞も貴翔もこのまま、普通に生活して、普通に大人になれると信じていました。
また、医学の進歩、心筋症の解明が進んでいること、心筋シートなどの新しい医療ができ、もし悪化しても移植は必要ないのでは?もう数年たてば怖がらなくていいのでは?という思いもありました。
貴翔が生まれてからの5年間は今思えば、家族4人で普通に生活ができる本当に幸せな日々でした。 舞は平成25年7月に10歳の誕生日を迎えました。生まれた当時に、拡張型心筋症の10年生存率を見て落胆したのを思い出し、10歳の誕生日を迎えられたことに喜びを感じました。ここまで来たらもう大丈夫だと安心しはじめたちょうどそのころでした。血液検査の心不全を示す数値が上がりはじめました。
なぜか弟の貴翔も同じように数値が上がり、二人とも薬の量を変えて2週間後に再検査。二人ともさらに数値が上がっている。また薬の量を増やして1週間後に検査。また数値が上がる。 そして平成25年9月末に二人同時に入院して、検査と投薬治療がはじまりました。
当初は二人同時に数値が上がったことから、何か生活面などに原因があって起こる一過性のものとの見方で、水分コントロールや薬の量の調整がはじまりました。病院側の温かい采配で二人同部屋にしてもらいました。利尿剤でのどが渇く上に、水分コントロールがあり、お茶を50CC入れてもらっては最後の一滴まですするという二人の姿がとても不憫でした。
しかし二人同部屋ということで心細くはなく、仲良く遊ぶことで頑張れていました。私たちの思っていた支えあう姉弟になってくれていることを嬉しく思いました。 治療を進めていくうちに、なかなか心不全の数値が下がらないことから、一過性の何か原因のあるものではなく、年齢も体重も違う二人の症状が偶然にも同時に進行しだしたようだということを医師から告げられました。まさかの二人同時の悪化でした。
心不全の数値は下がらず、舞は食べることが出来なくなり、顔色も悪く、日に日に辛そうになっていきました。貴翔も舞より見た目には元気だったものの、数値はどんどん上がっていました。医師から、内科的治療としてはもう限界のところまできている、もしその先を考えていくなら国立循環器病研究センターに紹介するがどうしますか?これ以上進行すると、危険で転院すらできない、と言われました。
私たちは真優のことが頭をよぎり、何もできずに見ているのはもう嫌だと、転院を決意しました。 平成25年11月12日に現在入院中の国立循環器病研究センターに二人とも転院となりましたが、舞は悪化が止まらず、水すら吐くような状態になりました。
そして先生方から補助人工心臓をつけて心臓移植の待機をするという選択肢を示されました。補助人工心臓は心臓移植のためのつなぎの治療で、着けるということは移植するまで外せず、病院のベッドで過ごすということも意味していました。 さらに過酷な条件は、現在日本で子供用の補助人工心臓はなく大人用のもので出力を抑えて使うというものでした。
出力を抑えて使うと血栓ができやすく、その血栓が脳にいって脳梗塞を起こすというのが最大のリスクでしたが、1年前に治験が終わったばかりの子供用補助人工心臓の実用はまだ先のことであり、他に選択肢はなく、何とか助かる道があるなら助けてやりたいという思いで装着することを決断しました。 本人にも手術当日の朝に説明をしました。泣いて怖がりましたが、絶対良くなって、ちゃんと食べられるようになるからと説得し、本人も最後は納得して手術室に入ってくれました。
手術を終えた舞のお腹の上には大きなポンプが拍動しており、私達夫婦は手術が無事に成功した喜びを感じると同時に、痛々しいその姿に涙が止まりませんでした。 舞は、その後はベッドから起き上がれないものの、食事はできるようになり、体重も少し戻りました。その後は移植を受けるまで、血栓と感染症との闘いとなっています。
貴翔についても少し書かせてもらいます。舞の手術のあと貴翔もあとを追いかけるように病状が進行していきました。 しかし、大人用の補助人工心臓をコントロールして着けるには舞の体重がギリギリで、貴翔に着けることは不可能とのことで、医師からは何もできないと言われていました。 真優のときと同じように貴翔を見送ることはできないと思った私たちは、先生方に何とか方法がないかお願いし、先生たちも何度も検討を繰り返し、何とか舞と同じ補助人工心臓を着けていただきました。
しかしながら、おそらく最小体重での装着となった貴翔は最大のリスクと言われていた血栓が大量にポンプ内にでき、その一つが脳にいってしまい、右脳の脳梗塞を起こしてしまいました。そのため移植待機登録ができなくなりました。アメリカで二人同時の受け入れを検討していただいている最中のことでした。
集中治療室で補助人工心臓の管理と脳梗塞の治療がはじまりました。 子供の脳梗塞はリハビリで著しく回復することが多いらしく、ある程度回復すれば移植待機登録ができるということでした。しかしそれは先の長い話で、舞を一緒に待たせる余裕もなく、舞だけ先にアメリカでの受け入れを依頼することになりました。
貴翔の血栓は薬を大量に使ってもなかなか抑えることができず、このままでは次の血栓がいつ脳に飛ぶか分からないということから、補助人工心臓を外すことになりました。 12月25日補助人工心臓を外して自力の心臓に戻った貴翔は、やはりドンドン悪化し、年末には覚悟をしないといけない状況にまでなりました。
しかし、先生方の懸命の治療のおかげで、年明けから少し回復し、ギリギリのところには変わりありませんが、薬がうまく効いて安定してきました。意識もだいぶ戻って、こちらの言うことに反応するまでになりました。 1月末には2ヶ月間いた集中治療室からやっと出ることができ、長く私たちと過ごせることで、だいぶ反応が良くなっています。左の手足も少し動かすようで、そのリハビリもはじまっています。 リハビリをして、ある程度の状態にならないと国内の移植待機登録もできず、その先の渡米しての移植はもっとハードルが高いですし、かなり時間もかかるため、そこまで自力の心臓がもってくれるかというのは、おそらく奇跡を起こすレベルかと思います。
しかし、その奇跡を信じて舞の後を追って移植を受けられるように貴翔も頑張っています。 ホームページ内で貴翔の様子も出していってくれるようですので、ぜひ皆さん貴翔のことも応援してやってください。一緒に奇跡を信じていただきますよう、よろしくお願いいたします。
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